『Over QuartzerとTV最終話』2つの結末の対比関係について【仮面ライダージオウ 感想・考察】

仮面ライダージオウの夏映画『劇場版 仮面ライダージオウ Over Quartzer』(以下、OQ)は、平成ライダーを総括する内容であると同時に、仮面ライダージオウの真の最終回としても位置づけられている。つまり、ジオウにはTV最終話と合わせて2つの結末が存在することになる。この2つの結末の対比関係を考えるとおもしろかったので、記事として書き留めてみる。

オーマフォームのOQとオーマジオウのTV最終話

まず、2つの結末のわかりやすい大きな違いは、ソウゴの力の覚醒の方向だ。

OQのソウゴは、ジオウオーマフォームとして覚醒した。その結果、最低最悪の魔王にはならずオーマジオウが支配する未来は回避された。

一方TV最終話のソウゴは、オーマジオウとして覚醒した。ただしそれは、オーマジオウでありながらも最低最悪の魔王ではなかったため、こちらもオーマジオウが支配する未来は回避された。

どちらの結末も、ソウゴは最低最悪の魔王にはならなかったわけだが、そのプロセスは全く異なるものだった。

ちなみに私は、TV最終話でオーマジオウとしてソウゴが覚醒したのは、ゲイツとツクヨミが示し合わせた作戦であり、狙い通りの結果だったと考えている。もしよければ、この辺りの考察も別の記事にしているので、読んでいただけると嬉しかったり。

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ウォズルートのOQとゲイツ・ツクヨミルートのTV最終話

さて、本題はここからなのだが、ジオウには未来からオーマジオウの誕生を阻止するためにやってきたゲイツとツクヨミ、ソウゴを魔王へと導くためにやってきたウォズ、と3人の仲間が登場する。OQとTV最終話は、それぞれとの絆を描き分けるという意味合いも大きかったのではないだろうか。と言うか、そう考えるとすごく腑に落ちる。

OQは、言わばウォズルートだ。ウォズが逢魔降臨暦を破り捨てクォーツァーとしての役目を放棄し、真の意味でソウゴの仲間になるまでの物語が描かれている。 ただ逢魔降臨暦の通りにソウゴを導く役目だったはずが、ソウゴとの絆がそれを変えた。しかしウォズは最後に命を落としてしまう。

一方、ゲイツ・ツクヨミルートとでも言うべきTV最終話は、このままではソウゴが消えてしまうとわかったゲイツとツクヨミが、ソウゴを救うために最高最善のオーマジオウになるよう導くまでの物語が描かれている。ゲイツ達はオーマジオウ誕生阻止が目的だったのに、ソウゴとの絆がそれを変えた。しかしゲイツとツクヨミは最後に命を落としてしまう。

なんで殺してしまうんやという想いはあるのだが、それぞれの仲間との絆による未来の形を描くために、2つの結末が必要だったと考えるとすごくしっくりくる。

ソウゴをオーマジオウに導こうとしていたウォズルートでオーマフォームに、オーマジオウ誕生の未来を避けようとしていたゲイツ・ツクヨミルートでオーマジオウになってしまうという、当初の目的とは逆の結果になっているのもまたおもしろい。

オーマフォーム・オーマジオウそれぞれの時空改変

OQのラストシーンでは、死んだはずのウォズが生き返り、消えたはずのゲイツとツクヨミがクジゴジ堂に帰ってきていた。この部分については、全くと言っていいくらい説明がなかったので、その時不思議なことが起こったくらいに考えておくしかなかった。

その後放送されたTV最終話では、ソウゴはオーマジオウとして破壊と創造の能力を使い、時空を作り変えている。

ここまでのOQとTV最終話の対比関係から考えると、OQでもソウゴはオーマフォームの能力で時空を作り変えていたのではないだろうか。

もちろん、説明がない以上は勝手な想像でしかないのだが、TV最終話と同様に仲間達がいなくなった世界を良しとしなかったソウゴが時空を改変し、ウォズの死、ゲイツやツクヨミの未来の消滅、オーマフォームとして覚醒した事実を無かったことにしてしまったという可能性はかなり高いように思う。

また、TV最終話の時空改変では時間を巻き戻したこともあり『ジオウはループものであり、その別ループの結末がOQだ。』という意見もネット上では見受けられたが、私はそうではないと思っている。

OQのオーマフォームによる時空改変は、OQ内で起きた事実を無かったことにしてはいるが、そのままTV本編につながっているのではないだろうか。つまり…『OQ→オーマフォームの能力で時空改変(時間はそのまま)→TV最終話→オーマジオウの能力で時空改変(2018年へ巻き戻し)』ではないかと考えている。

だからこそ、ゲイツはOQで出会った詩島剛のことを、TV本編に登場したチェイスに伝えられたのではないだろうか。

最後に

と、まあ妄想ぽいっことをうだうだと語ってしまったわけだが、大人の事情にツッコムやつは馬に蹴られますからね(まだ言うか)。

ジオウは説明がかなり少なく、そもそもちゃんとした論理性があるのかも不明なわけだが、だからこそ考察が楽しくてずぶずぶと沼にハマっていってしまった側面もあるよね…策士か!おのれ白倉P!

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