海賊版戦隊セイクリッドヘキサゴンのギタリスト、ヤマシタです。
私はTVシリーズのウルトラマン、仮面ライダーが存在しなかった空白の世代の子供でした。(正確には南光太郎のみが唯一神の世代。)
小学校の高学年でスーパー戦隊、メタルヒーローを卒業した時点で特撮ヒーロー作品を一度見なくなってしまい、仮面ライダーシリーズがクウガで再開されたことを後々まで知りませんでした。
その後、電王の盛り上がりを見て復帰し、初期の作品も見返したことでどっぷり沼にハマってしまいます。
だからこそ、今でもクウガや龍騎の衝撃をリアルタイムに経験できなかったことを悔しく思っています。
そして今、仮面ライダージオウの放送開始を前に『東映特撮YouTube Official』で『平成仮面ライダー20作品記念』と称し、仮面ライダークウガ~仮面ライダー鎧武まで、つまり1作目~15作目までの第01話と第02話が公開されています。
この機会に“パイロット”と呼ばれる第01話・第02話のみを時系列順に再視聴し、私がリアルタイムに感じることのできなかった衝撃を疑似体験しながら、それぞれの作品の立ち位置やパイロットが果たした役割について考察してみようと思います。
平成仮面ライダーシリーズを視聴済みの人は懐かしみながら、未視聴の方はどれを見るかの参考に、お暇な時間に読んでいただければ幸いです。
目次
特撮ヒーロー作品におけるパイロットとは
ドラマやアニメで本編よりも先に試験的に作られるバージョンのこと。
パイロットとは、一般的には先行して試作された作品のことをそう呼ぶようです。
しばしば特撮ヒーロー作品においてもパイロットという言葉が使用されますが、その場合は試験的に作られたバージョンではなく、作品の路線を決定づけるのに大きな役割を担う第01話・第02話がそう呼ばれることが多いです。
シリーズ中の作品の立ち位置とパイロットが果たした役割
仮面ライダークウガ 初代にして特異な存在
仮面ライダーがもしも本当にいたら…という観点の元、クウガと警察との関わりを軸に物語が描かれる初代平成ライダーのクウガ。
同じく“もしも本当にいたらシリーズ”に位置付けできる『シン・ゴジラ』を見た時は、真っ先にクウガを思い出したなあ。
平成仮面ライダーにここまでエンターテイメント要素をかなぐり捨ててリアル路線を突き進んだ作品は、後にも先にもない。
完璧なまでのリアル路線の追求により、クウガは初代にして王道ではない特異な存在になっているわけだ。
パイロットでも、体に吸い込まれる変身ベルトや、白クウガを経ての赤クウガへの変身など、一つ一つ設定とその説明を提示して積み上げていくスタイルが随所で小カタルシスを与えてくれて気持ち良い。
そこに五代の「だから見てて下さい! 俺の! 変身!」というエモい名シーンが加わることで最高の導入部になっている。
仮面ライダーアギト シリーズ序盤の指針
仮面ライダーと警察を軸に話が進むのはクウガから変わらないが、3人の仮面ライダーの群像劇として描かれるアギト。
- 複数の仮面ライダーが登場してそれぞれのドラマが描かれる
- 過去に起こった大きな事件の謎を暗めのタッチで解き明かしていく
これらの要素がその後の第一期平成仮面ライダーにも引き継がれており、シリーズ序盤の指針を作ったのは間違いなくアギトだと思う。
順を追って設定とその説明を提示していくクウガから一変、アギトは“謎”という風呂敷を一気に広げまくっていくスタイル。まさしく井上敏樹脚本という感じ。
しかしパイロットでは、広げた風呂敷のあおりを受ける翔一くん(アギト)に謎が多すぎて感情移入しにくい。
そこで、メインキャストの中で最も“普通の人”感のある氷川くん(G3)が代替主人公を務めているようなイメージになる。(“普通の人”とは言っても実際は超エリートだろうけど。)
氷川くんの適度な“サラリーマン感”に共感を覚えたり、小沢さんのような上司を羨ましく思ったり、G3ユニットの面々に注目しながら視聴した大人は多いはずだ。
そして、パワードスーツタイプの仮面ライダーという特異な存在のG3が、メカニカルなスーツを装着する変身シーンに熱くならない男子はいなかっただろう。
その後の大敗でズッコケたくなりつつも、そんな人間味のある仮面ライダーG3に心奪われた。
仮面ライダー龍騎 平成仮面ライダーというフォーマットの無限の可能性
ミラーワールドでの仮面ライダー同士のバトルロイヤルという、これまでとは全く異なる構造の刺激的な物語が展開される龍騎。
私がリアルタイムに体験したかった仮面ライダーNo.1は間違いなく龍騎だ。思春期に龍騎を見ることができた人なんてすごく羨ましい。間違いなく中二病を発症するだろう。
クウガとは真逆のエンターテイメントに振り切った感があり、3作目にして早々と平成仮面ライダーというフォーマットの上で表現できる内容の無限の可能性を提示したのはこの龍騎だと思う。
時系列順に視聴すると「あ、平成仮面ライダーは何でもありなんだ!(いい意味で!)」と、気づくことになる。
パイロットの段階では、13人も仮面ライダーが存在することや、仮面ライダー同士は戦はなければならない、という設定は出てこない。
世界の基本構造の説明はシザースが死ぬ第06話まで続くが、冗長すぎるということはなく、特殊な世界観を丁寧に時間をかけて説明したことでわかりやすさに繋がっていると思う。
シリーズ初の成長型主人公である城戸真司の不器用さにはヤキモキさせられながらも、やっと働いている主人公が出てきたことには少し安心する(笑)
オープニング曲である松本梨香さんの『Alive A life』も女性ボーカル曲が使われているという意外性から、今までの仮面ライダーとはちょっと違うんだなと認識させられるポイントだった。
仮面ライダー555 見えづらい正義と悪の分岐点
555はアギト以来の群像劇スタイルの物語だが、今度は人間(仮面ライダー)側とモンスター(オルフェノク)側で話が展開される。
龍騎では多くの仮面ライダーが登場し、それぞれが違った正義を持って戦いに挑む様が描かれていた。
555ではそういった側面を更に深掘りし、わかり会えそうでわかり会えない違う種族の生物同士の争いが描かれている。
陰湿な人間や誠実なオルフェノクの登場が、正義と悪の分岐点をより見えづらいものにしていたように思う。
パイロットでも乾巧&真里の仮面ライダーパートと木場のオルフェノクパートに分かれているわけだが、第02話終了時点では2つの物語は一切交わっていない。
完全に別の物語として仮面ライダー、オルフェノクそれぞれの成り立ちが同格かつ丁寧に説明されている。
ひたすら不幸が重なることで感情的な行動にでてしまう木場の話には結構引き込まれながら視聴してしまった。
そして、過去3作品のパイロットに比べると、主人公の仮面ライダーが圧倒的にかっこよく見えるように作られている。
サイバーコップのアタッシュケースを彷彿とさせるファイズギア、敵をロックオンするライダーキックのクリムゾンスマッシュ、バイクからロボへ変形するオートバジンなど、充実のギミックが惜しげも無く披露されている。
そりゃあファイズドライバー売れるわけだよ!
あと、冒頭で真里が食べる冷や汁定食は仮面ライダーシリーズの中で一番美味しそうな食べ物だと思っている。
仮面ライダーブレイド 主人公と共に成長していくブレイドという作品
ブレイドはすごく好きな作品だが、どういった作品か?と聞かれた時に物語の構造上の特徴で分類するのが難しい。
シンプルに、仮面ライダーは人々を守るために戦っているという設定からスタートするわけだが、イマイチ作品の方向性がパッとせず、急な展開についていけないこともある。
しかし見進めるうちに、唐突な展開にはツッコミを入れながら楽しく見てしまい、いつまでもピリッとしない橘朔也を愛すべき先輩として好きになる。
そして、成長していく剣崎一真と同様に作品自体の質にも成長を感じ、どんどん放っておけない存在になっていく。
男の“友情”と“成長”を感じる後半の熱い展開に、ついには大好きな作品になってしまうのだ。
と、はじめに仮面ライダーブレイドという作品がすごく好きであるとフォローした上での評価になるが…パイロットに関しては…なんなんだろうこのいきなり第2クール辺りから見せられてるような感覚。
冒頭から何の脈略もなくいきなり仮面ライダーがバイクで走るシーンから始まってしまって、その後の変身シーンの演出に何のカタルシスもない。
たぶん、1話から衝撃の展開!みたいにしたかったんだろうが「橘さんが裏切った!」って言われてもこの時点では橘さんに何の思い入れもないわけで…。
なんか登場人物みんなすぐキレるしなあ。
第1クールでは職業ライダーとして成長するブレイド、頼れる先輩ギャレン、組織としてのBOARDをしっかり描いた上で、第2クールでオンドゥルルラギッてBOARD壊滅とかならもっと違った印象があったのかもしれない。
しかし、最後まで見ると何故か好きになる不思議な魅力がブレイドには確実にある。
最後に 初期3作品はシリーズ全体のパイロット
ここまで時系列順に見て思うのは、第一期平成仮面ライダーは初期3作品のいずれかの傾向に分類されるということだ。
- リアル路線の『クウガ』
- 群像劇路線の『アギト』
- エンターテイメント路線の『龍騎』
そして「2」の角度を変えた『555』、「2」と「3」の中間に位置する『ブレイド』へと続く。
初期3作品はシリーズ全体のパイロットとも呼べる存在だと思う。
次回へ続く