脚本家の井上敏樹さんがTVシリーズの仮面ライダー作品に関わるのは、ディケイド以来になるのだろうか。
仮面ライダージオウの第35・36話にあたるキバ編は、ブレイド編やアギト編のように“濃厚な仮面ライダーキバの続編”ではなかったわけだが、登場人物には非ずもキバ編のレジェンドその人である井上敏樹さんの濃い脚本をこれでもかというくらい堪能できる回だった。
正直TwitterのTL上には、キバへの愛が足りないというキバファンの嘆きの声も見られたわけだが、あの突き抜けたキャラを通して語られる人間の泥臭い美しさ、生き様…と言えばよいのだろうか、そういった部分が描かれる平成一期の空気感を存分に浴びることができ、実質キバ編のレジェンド枠は井上敏樹さんだったなあと思える神回だったので、そのことについて語りたいと思う。
レジェンドライター(気に入っている)と呼ぶにふさわしい井上敏樹さんの脚本作品の魅力は、極端に振り切れたキャラの人間臭さを真正面から描くことだと思っている。
登場するキャラクターは、誰もが持っている感情や欲望を抑えることなく全力でさらけ出してくるやつらばかりだ。極端が過ぎるがゆえに、時に狂気、時にコメディのように描かれるが、皆全力で生きている。その極端さはストーリーを引っ掻き回すためだけのものではなく、極端な行動の中にも信念のようなものを感じさせることで、キャラクターの存在感を大きく引き上げている。そんな彼らの生き様を、昭和とバブルの香りを少し漂わせながら描くことで、泥臭くも美しい人間臭い物語が完成する。
そんな魅力が、仮面ライダージオウのキバ編に登場した北島裕子にも詰まっていた。異常なまでの嗅覚と観察眼をもった服役中の女が冤罪を主張し、復讐のために自分を刑罰に陥れた人間を襲っていく。そして自ら女王を名乗り、自らが決めた世界のルールの中で気に入った者だけの世界を構築していく。そんなプロットで物語は始まった。
冤罪というテーマにどうオチをつけるのだろうか…などと考えていたら、とんでもない方向に物語は突き進んでいく。そもそも冤罪でも何でもなく、愛ゆえに彼氏の前カノをマンホールで殴り殺したあげく、冤罪という自分自身でついた嘘の主張をいつの間にか自分自身で信じ込んでしまっているという、北島裕子はただただ激ヤバな絶対に近づいてはいけないタイプの女だった。
釈由美子の美貌を持ちながらも、重箱の隅をつついてきそうな異常な嗅覚と観察眼、彼氏の元カノに手をかけるメンヘラ嫉妬心、自分が言い出した嘘を真実だと信じてしまう自分信仰心、重量級マンホールで人を殴り殺す腕力、と激ヤバ要素のオンパレード。これらの要素を、服装、エステ、ワイン、まぐろなど少し時代錯誤な高級品を用いてバブルの香りを漂わせながら描いている。このバブルの香りがキバ編と相性がいいんだな、また。
そして最後は、その大きな態度から怒りを買った女にやられ、嘘まみれの自分を最後まで信じたソウゴの腕の中でその生涯を終えた。
北島裕子は極端ではあったが彼女を構成する要素は、元カノへの嫉妬、嘘つき、自分の都合のいいように解釈してしまう心など、人間生きていれば誰しもが少しは持ち合わせてしまっているものばかりだ。これらの負の要素が(かなり)大きかった人間でしかない。そんな人間の末路が描かれている。もちろん彼女は狂人の激ヤバ女でしかないが、ブレることなく最後まで生き抜いたことで、これらの要素が“生き様”に昇華しているように思った。もちろんフィクションの世界だからこそ言えることではあるが。
ところで、冤罪じゃなかったってのをわかった上でキバ編を見直すと、北島裕子の言動の全てが嘘に思えて非常に面白い。ソウゴのことを思い出したのなんて絶対嘘だし、雨の話も嘘なのではないだろうか。 そしてぜひ、哲也さんが面会にくる冒頭のシーンを見直してほしい。哲也さんの表情が全く違うものに見えてめちゃくちゃ面白い。初見時は、同情しているものだとばかり思っていたが「この女ヤベー!もう関わりたくねぇー!」と考えているようにしか見えないくなった。
釈由美子さんっていう人選もめっちゃよかったよね。あのポーズもめちゃくちゃ決まってた!
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ソウゴやゲイツのキャラ崩壊(笑)や、ギンガ登場とストーリーの乖離などツッコミどころはあるが、井上敏樹脚本作品としてはめちゃくちゃ満足だったわけで、実質キバ編のレジェンド枠は井上敏樹さんだったんだな、という結論でタイトル通り落ち着いた。
ちなみに、ギンガとは何だったのか…という気持ちに対しては、結騎了さんのツイートにすごく納得させられた。なるほど、そういう解釈があったか!